2006年12月02日

木下順二「子午線の祀り」

数日前、劇作家の木下順二氏の訃報に接した。
ここで、私の大好きな戯曲、「子午線の祀り」について書いておきたい。

私が初めて「子午線の祀り」を観たのは、1992年の1月である。
新聞に劇評が載っていて興味を引かれ、ほとんど予備知識を持たずに観に行った。
物語は、一の谷の合戦で敗れた平家が屋島に移り、さらに壇ノ浦で滅亡するまでを、平知盛を中心人物として描いたものである。「平家物語」の朗誦と木下氏による現代語のセリフが交錯する、4時間に及ぶ壮大なドラマだ。

1992年の公演は、オリジナル・キャストによる第5次公演。
なにぶんにも長い戯曲なので、第3次公演までは部分公演だったようで、全曲公演が行われたのは1991年の第4次公演のときからだという。その第4次公演も公演数は僅かだったらしく、そうだとすれば、第5次公演を観ることができた私は幸運だったとしか言いようがない。

私が観に行った第5次公演のとき、「子午線の祀り」の制作に尽力した宇野重吉は既に亡くなっていて、彼が朗読する「読み手A」は録音を使っていたが、それ以外の主要登場人物は、ほとんどオリジナル・キャストだった。
嵐圭史(平知盛)、山本安英(影身の内侍)、野村万作(九郎判官義経)、観世栄夫(平宗盛)中村又蔵(梶原平三景時)、滝沢修(阿波民部重能)…という顔ぶれ。後にも先にも山本安英の舞台を観たのは、このとき1度きりとなった。

座り心地のよい銀座セゾン劇場の椅子に深々と身を沈め、「平家物語」を朗誦する一糸乱れぬ群読に聞き入り、瞬きをするのも惜しいような思いで過ごしたあの4時間は、身が引き締まるような清冽さをもって覚えている。あれほど言葉のもつ力に圧倒されたことはない。

山本安英はいかにも歳をとっていて、席が前のほうだった私にはどうしても“お婆ちゃん”にしか見えず、影身の内侍役にはいくら何でも無理があるように思えたが、滝沢修は素晴らしかった。当時、滝沢修は85歳くらいだったろう。
阿波民部重能は、主人公の知盛の次くらいにセリフが多い重要な役である。あくまで三種の神器を守り抜くために源氏と闘うことを主張し、和睦交渉の使いを命じられた影身の内侍を殺害までしてしまう阿波民部重能が、平家を裏切って義経に膝を屈してしまうときに言うセリフ――「民部、心、はぐれてしまい申した」――では泣けた。

1992年の公演の感動があまりにも大きかったので、キャストが一新されたその後の公演は、ぴったりこない。それでも、野村萬斎が初めて知盛役を演じた1999年の新国立劇場での公演は、悪くなかったと思う。
野村萬斎からは初めての大役という緊張感がビンビン伝わってきて、余裕のないひたむきさが、追い詰められた知盛に否応なく仕立て上げていたように思う。立姿が美しい人なので、壇ノ浦の潮の流れが変わって、「やっ――ややっ、潮が変った!」と身構えて動かなくなるところなど、迫力いっぱいだった。
影身の内侍役が三田和代だったのもよかった。私はこの女優の声が好きで、影身の内侍役としては、年老いて独特な節回しでセリフを言う山本安英よりも三田和代のほうがよかったと思ったくらいだ。阿波民部重能を演じた鈴木瑞穂も悪くなかった。

しかし、2004年の世田谷パブリックシアターでの公演はよくなかった。
まず、野村萬斎が、変に慣れてしまったのか、西洋演劇のやり過ぎなのか、ワンパターンな強弱を付けて高低を繰り返すので、言葉の生の美しさや格調の高さが死んでしまう。
影身の内侍の高橋恵子も下手だった。義経役の嵐広也はマァマァだったが、阿波民部重能を木場勝己に演らせるのは完全にミス・キャスト。その前の1999年の公演では、木場勝己は梶原平三景時を演じていたが、木場さんはくわせ者の梶原平三景時はできても、阿波民部重能は無理だと思う。

4時間もかかる芝居を3回も観に行ったのだから、この戯曲に対する私の思い入れをお察しいただけよう。
「子午線の祀り」は、私の通常の好みとはちょっと違って、エロスはない。
身を切るような清澄さ、静かにめぐる非情の厳しさ、どこまでもどこまでも延びていく天空、どこまでもどこまでも続く大海原…。心が漂白されていくようだ。
武満徹の音楽と相俟って、これほどまでに格調の高い戯曲は、滅多にあるものではない。

「負け戦さ――わが子知章を眼前に見殺しにして逃げたこと――馬を敵の手に放ったこと――いや、さかのぼれば都を捨てて落ちたこと――その一つ一つが、すべてがそうなるはずのことであったといま思われるのはどういうことだ? それが何であるのか、いつどこでかは分らぬが、いずれは必ず起きるはずであったこと、それがまさしく起ってしまった。――今そう思われるというのはどういうことだ?」…という知盛の自問。
私も近頃は、自分の人生に起こったことは、すべて、「いずれは必ずそうなるはずのことであった」と思われる。

「見るべき程の事は見つ」と言い残して逝った知盛…。木下順二氏も、見るべきものは見、書くべきことは書き、やるべきことはやって逝かれたのではないだろうか。
posted by Minnesingerin at 23:28| Comment(4) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。
1992年の公演、すごいキャストですね!
山本安英さん、私が中学生の時観た「夕鶴」でさえ決してお若くはなかったですから・・・でも、不思議に可憐でした。
滝沢修さんは、声が好きでした、存在感もあったし。
オリジナルキャストの公演をご覧になれたなんて、素晴らしいですね。
「子午線の祀り」、機会があったらいちど観てみたくなりました。三田和代さん(高校生の頃、四季の舞台でずいぶん観ました)の影身の内侍だったらいいな・・・。
Posted by とと at 2006年12月03日 09:16
ととさん

ととさんのブログに書き込みをしたら、私も木下順二さんへの思いを書きたくなりました。
山本安英の「夕鶴」をご覧になったのですね。私は、玉三郎になってから1回観ただけです。

>滝沢修さんは、声が好きでした、存在感もあったし

渋かったですよね〜。
実際の舞台は、「子午線の祀り」のほかには「セールスマンの死」を観ただけですが、「炎の人」も観てみたかったです。

>「子午線の祀り」、機会があったらいちど観てみたくなりました

この間の世田谷パブリックシアターの公演を観たところでは、今後、野村萬斎がずっと知盛を演じるとしたら、期待はずれかも知れませんけどね。。。
もうちょっとストイックに演じてほしいです。
岩波文庫から出版されていますので、本をお読みになってみては? 
Posted by Minnesingerin at 2006年12月03日 12:12
キャストを見ただけでも凄そうな舞台!
夜毎屋は昔文庫で「夕鶴」を読んだだけ、山本安英は写真で見ただけという縁のなさです。
こうやって話を聞くと、「見ておけば良かった!」と後悔しきりですがやっぱり縁がなかったんでしょうね。。。いつか本の方も読んでみたいです。
Posted by 夜毎屋 at 2006年12月03日 16:47
夜毎屋さん

>キャストを見ただけでも凄そうな舞台!

ホント、凄かったですよ!
テレビでも放映したのですが、テレビだと、どうしても魅力は半減してしまいますね。
大勢の侍が直立不動で「平家物語」を群読するなかから、知盛がつっと歩み出て、簡素な身振りを加えて知盛の描写を独誦する…なんていうところの魅力は、一部分しか映らないテレビでは、よくわからないです。
それでも、オリジナル・キャストでは観られない今となっては、そのときのテレビ放映の録画を見返しながら、在りし日の滝沢修をしのんでいます。

>「見ておけば良かった!」と後悔しきりですが

私も、「観ておけばよかった!」とか「聴いておけばよかった!」とか、そんなのばっかりです。

Posted by Minnesingerin at 2006年12月03日 18:36
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