2009年01月01日

I love Beethoven

大晦日から新年の年越しは、東京オペラシティコンサートホールで迎えた。
16人のピアニストによる、ベートーヴェンピアノソナタ全曲演奏会企画「アイ・ラブ・ベートーヴェン」を聴きに行ったのだ。
大晦日午前11時から始まって、一人2曲づつ、全曲32曲を演奏するのに新年午前1時を回るという企画。いくらベートーヴェン好きでも、いくらピアノ好きでも、頭がクラクラするだろうに、酔狂な私たちは、「どうせ聴くなら全部にチャレンジ!」と、最初から張り切って出かけた。

まず第1部
小林愛実 No.19 & No. 5
イリーナ・メジューエワ No. 9 & No.27
河合優子 No. 4 & No.16
山本貴志 No. 3 & No. 6

小林愛実さんは、ロマンティックに過ぎるような気はしたが、子供にしてはなかなかの演奏。
それに較べて、メジューエワはいいところが見当たらなかった。フォルテはやたら唐突に大きく、音は硬い。拍感が悪く、テンポはバラバラ。しかも暗譜しておらず、楽譜に首っ引きなので、まるで音大生が練習しているようだった。

河合優子さんが弾いた第4番と第16番は、本当は岡田将さんが弾く予定であったものだが、岡田さんがインフルエンザで降板したため、急遽、河合さんがピンチヒッターを務めることになった演奏である。この事情から察してやむを得ないこととは言え、4番も16番も、まったりしたテンポでやっとやっと弾いている状態で(もちろん譜面を立てて)、しかも律儀に繰り返しをするから、だらだらだらだら〜〜と果てしなく延々と続き、予定の演奏時間を大幅に超過してしまった。インフルエンザのピンチヒッターと言えば、おそらく数日前に依頼されたのだろうから、とにもかくにも、こんなに難しい曲をつっかえることなく弾き通すというのは、プロのピアニストでなければできないことではあろうが、それにしても、聞かされるほうは参った。ソナタ全曲を弾くという企画なのだから、誰かにピンチヒッターを頼まないわけにもいかなかったのだろう。しかしそれなら、迫昭嘉さんか横山幸雄さんに(全曲をレパートリーとしてもっている出演者に)、もう1曲づつ弾いてもらう等、別の手段がとれなかったものか? メジューエワと河合さんの演奏で、どっと疲れてしまった。

しかし疲れは、山本貴志さんの演奏でとれた。「やっとプロの演奏が聴けた」と思った。以前、山本さんのリサイタルでモーツァルトやショパンを聴いたときも感心したが、ベートーヴェンも、音色、構成力、コントロール力ともにハイレヴェル。演奏時の姿勢の悪さによって見た目で損をしているが、相当実力のあるピアニストだと思う。

第2部
三輪郁 No.18 & No. 14
辻井伸行 No.11 & No. 29
三舩優子 No. 7 & No. 28
横山幸雄 No. 8 & No. 24

第1部の演奏時間が大幅に延びてしまったので、休憩時間がほとんどなく第2部に突入(お昼ご飯を食べる余裕もなかった)。
三輪郁さんは、今ほど有名でなかった頃から注目していた好きなピアニストだ。今回の企画でも、女性ピアニストのなかでは1番よかった。

セクシスト発言になることを恐れずに敢えて言うが、ベートーヴェンとブラームスに限って言えば、女性ピアニストの演奏で、「いい」と思ったことは滅多にない。ベートーヴェンの演奏で「いい」と思った女性ピアニストはアニー・フィッシャーだけだし、ブラームスにいたっては皆無だ。私は女性でピアノを弾く人間で、しかもベートーヴェンとブラームスが大好きだからそんなことは言いたくないが、やはり男性と女性とでは、筋肉の付き方とか骨格の違いで、出せる音が根本的に違うのではないか?と思ってしまう。どんなに指が回らない初心者でも、ふだん電子ピアノで練習しているようなアマチュアのピアノ弾きでも、「男」が弾くピアノの音は、女性が弾くピアノとどこか違う。女性が「男」が出すようなパワーのある音色を出そうとしても、引っ叩いて「ペチャ〜ッ」とした音になってしまうか、弾力のない硬い音になってしまう。今回、同じ場所で16人のピアニストでベートーヴェンを聴いて、その思いはいっそう確かなものになった。16人のうち8人は男性、8人は女性だったが、よかったのは全員、男性ピアニストだった。

三輪さんは、非常に頭のいい人なのだろう。あの華奢な身体でどんなに頑張ってもパワフルなベートーヴェンの音は出るわけがないと悟ったように、十分に計算された力の配分によって、それほどパワーを使わなくても効果が上がるように構成していた。18番と「月光」とでは、18番のほうが、より三輪さんの魅力が出ていたが、第2楽章にキズがあったのには驚いた(うまくごまかしてはいたが…)。これまでに聴いた三輪さんは、いつも全く危なげなく安定感のある演奏を披露してくれていたので、「へぇ、三輪さんでもこんなことがあるんだ〜」と驚くと同時に、18番の第2楽章の難しさを改めて思い知った。しかし18番って、面白かったり美しかったり楽しかったり、いい曲だなぁ。大好きだ。

辻井伸行君の演奏は、初めて聴いた。生まれながらにして全盲というハンディキャップを乗り越えて頑張っている本格派ピアニストの噂は、ずいぶん前から耳にしていたが、実際に聴く機会がなかったのだ。
辻井君の音は、「もっと磨いて弾力が出れば、もしかしたら今回の出演者16人のうちで、最もベートーヴェンらしい音色を奏でられるようになるのではないか?」と思わせるほど、「芯」のしっかりした音だった。しかし終始一本調子なのが気になった。一本調子であっても、例えば後述する清水和音さんの「アパッショナータ」のように、有無をも言わさず聴き手を圧倒してしまう音色の「雄弁さ」があればよいが、辻井君の音はしっかりしているばかりで、「雄弁」と言えるほどふくらみがない。辻井君はまだ学生だ。雄弁な音色を求めて磨きをかけるか、雄弁な説得力を求めて知性を磨くか、はたまたその両方に精進するか、本当のプロとしてやっていけるかどうか、これからが辻井君の正念場だと思った。陰ながら応援していきたい。

三舩優子さんはよく知らないピアニストで、あまり期待もしていなかったのだが、きちんと練習して整えられた演奏だった。ただ、雰囲気的にベートーヴェンが似合うピアニストとは思えなかった。

横山幸雄さんの生演奏は、実は初めて聴いた。もう、これは貫禄の演奏。「朝飯前」という感じで自信満々、余裕綽々。メジューエワや河合さんの演奏を聴いた後では、大人と子供ほど違う本当のプロの演奏だった。

第3部
迫昭嘉 No. 25 & No. 32
杉谷昭子 No. 12 & No. 13
田崎悦子 No. 17 & No. 15
若林顕 No. 20 & No. 31

第3部は、若干時間を押したくらいで始まった。
迫昭嘉さんは、奇をてらったところのない端正な演奏が割合に好きで、これまでにも何回か聴いたことがあって、ベートーヴェン後期3曲のソナタのリサイタルにも行ったことがある。今回の演奏も迫さんらしいと言えば迫さんらしい、安定した淡白な演奏だったが、32番よりは以前に聴いた30番のほうが合っていたかも知れない。

杉谷昭子さんは、今回の企画で最も興味を引くピアニストだった。一度も聴いたことがない上に、「凄くいいベートーヴェンを弾く」という噂を耳にしたことがあったからだ。しかし今回の演奏は、特に印象に残るものではなかった。

田崎悦子さんの「テンペスト」は、疑問がたくさん残る演奏だった。こういう「テンペスト」の第1楽章を他のピアニストで以前にも聞いたことがあるが、冒頭のラルゴの後のアレグロをもの凄く速く弾いて、スラーのかかった二つの八分音符の先のほうの八分音符を前打音のように処理する解釈があるのだろうか? 冒頭のアレグロがもの凄く速くて団子に聞こえるから、第2主題とテンポが全然違ってしまって、私には奇妙にしか感じられない。テンポが奇妙で落ち着かなかったのは、第3楽章もそうだ。あのテンポの揺れは何を狙ったものなのか、狙いがあるなら納得できるものは得られなかったし、狙いもなくあんなにテンポが揺れているなら、話にならない。
田崎悦子さんと言えば、凄いキャリアだし、コンクールの受賞歴も華々しいのに、以前リサイタルを聴いたときも、あまり感心しなかった記憶がある。

若林顕さんは、以前、ラヴェルを聴いたことがある。テクニックがしっかりした凄く弾けるピアニストだし、音色は明晰、コントロール力もあり知的な音楽であるとも思う。しかし何故か、カルチャーの薫りがしない。ラヴェルを聴いたときにもそう思った。「カルチャーの薫り」というのは、「文化の薫り」と言い換えるよりも、「耕した土の薫り」と言い換えたほうが、私の気持ちに近いかも知れない。
以前、バドゥラ=スコダのリサイタルに行ったことがあって、シューベルトやベートーヴェンを聴いた。演奏は滅茶苦茶で、適当にごまかすは、すっ飛ばすは、オクターヴ弾き間違えるは、もう、しっちゃかめっちゃか。それなのに聴き終わったあと、「ああ、シューベルトを聴いたな」「いいベートーヴェンを聴いたな」という満足感でいっぱいになった。そういう演奏だった。
若林顕さんの演奏は、その逆だ。すごく上手いのだけれど、聴き終わったあと、「ラヴェルを聴いたな」「ベートーヴェンを聴いたな」という満足感が得られない。これは私の主観に過ぎないだろうが。

第4部
菊地裕介 No. 2 & No. 22
関本昌平 No.10 & No. 26
清水和音 No. 1 & No. 23
伊藤恵 No.21 & No. 30

第4部は、ほぼ予定どおり、午後10時開演。
菊地裕介さんは、これまでに何回か聴いたことがある。凄く指が回って健康的に弾く人なので、22番の第2楽章の無窮動的な動きは、これまでに聴いた演奏よりも、彼に合っていたような気がする。しかし菊地さんは、パリで室内楽や歌曲の伴奏等も勉強したと経歴にあったが、「ほんまかいな?」と思うほど、健康的で一直線な演奏をする人である。

関本昌平さんは上手かった。10番の第2楽章の冒頭のテーマの最後の3小節…たった3小節で、クレッシェンドからスフォルツァンド、もう一度クレッシェンドからスフォルツァンド、そしてピアノ…。たった3小節のディナーミクをあんなふうに弾けるなんて、並の腕ではないなと感心した。山本さんと関本さんは(大貫禄の横山さんと清水さんを別格とすれば)、今回の企画のMVP。

さて、ここで午後11時半を回った。いよいよ清水和音大御所の「アパッショナータ」で年越しだ。清水和音さんは「アパッショナータ」は得意中の得意なのだろう。とにかく、もの凄い迫力で圧倒した。これまで清水さんの演奏を聴いて、首をかしげたくなるようなときもあったが、今日は、ただ脱帽。日本人のピアニストでこんな凄いアパッショナータを聴かせてくれる人は、あまりいないだろう。

特筆したいのは、第2楽章。私はこれまで「熱情」の第2楽章を聴いて、そのテンポに納得できた演奏がほとんどない。どの演奏も、32音符が出てくる第3変奏に較べてテーマのテンポが遅過ぎるのだ。たいていテーマを重厚に、すご〜く遅く弾いて、第1変奏、第2変奏とだんだん速くしていって、第3変奏でさらに速くなる。32音符がもの凄く速い。私は、この、慣習的になっているとすら思えるテンポに納得できなくて、いつも不思議に思っていた。「Andante con motoなのに、どうしてあんなにテーマが遅いの?15番の第2楽章のAndanteはみんなイン・テンポで弾くのに、どうして熱情の第3変奏はあんなに速く弾くの?」――これは、私が長年抱えていた疑問だった。

ところが清水和音は、正確なテンポで弾いたのだ。ただ私の考えとは違っていて、テーマをもの凄く速く弾いて、第3変奏も凄く速かったけれども…(私の考えでは、第3変奏を聴き慣れているテンポよりずっと遅く弾くべきなのでは?と考えているのだが)。しかしながら、納得できるテンポ設定で第2楽章を聴くことができるのは滅多にないことなので、特筆に値する。

第3楽章の嵐のような速さと激しさはすさまじかった。「このテンポでいってプレストはどうする?」と思ったけれど、さらにさらに上をいくプレストで、轟音で弾きまくり。す、すごい。

ベートーヴェン駅伝のアンカーは伊藤恵さん。前の清水和音さんにつられたのかどうか知らないが、これも「ワルトシュタイン」を凄い速さで弾き始めた。私は、グルダの猛スピードの「ワルトシュタイン」の演奏が大好きなので、速いテンポでスカッっと弾ききってくれるなら、「速過ぎるワルトシュタイン」も悪くはないと思う。しかしやはり、ただ速いのでは駄目だ。だいたい「ワルトシュタイン」は、どう弾いていいか途方に暮れる曲なのだ。「純白の曲」というか…。下手にこねくり回すと陳腐になるし、かと言って真っ直ぐに突っ込むだけでは立ち往生してしまう。ここでも「ワルトシュタインは女性の手にあまる」と思った。

「ワルトシュタイン」に較べれば、30番の演奏は上手くまとめていたと思う。美しく響かせて、ベートーヴェン駅伝はフィニッシュ。
私たちも最初から最後まで全部聴いて、途中から合流した友だちと一緒に真夜中の街に出て、夜食を食べて帰途についた。

勝手なことばかり書かせていただきましたが、ピアニストの皆さんはお疲れ様でした〜〜。たぶん皆さん、そんなに練習する時間がないでしょうに、さすがにプロのピアニストは凄いわ〜〜
はぁ〜〜私も疲れた〜〜。明け方に帰って爆睡しました。
posted by Minnesingerin at 23:59| Comment(8) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

「ちりとてちん」ロス症候群

昨年10月から嵌りに嵌って見ていたNHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」が先週で終わってしまった。完全に「ちりとてちん」ロス症候群だ。
だいたい、朝の連続テレビ小説を毎日欠かさずに見たことなんて、生まれてからこのかた一度もなかった。初めは録画にとって夜に見ていたのだけれど、そのうち、7時半からのBS放送を見ることが、朝起きるための原動力になっていった。

「ちりとてちん」に嵌った私がどうなったか…。
1.まず何よりも、これまであまり馴染みのなかった上方落語に俄然、興味が湧いた。「ちりとてちん」の主人公喜代美のように、私も子どもの頃はよく落語(もっとも江戸落語だったが)を聞いていたので、落語趣味にまた火がついた。落語ってええなぁ。

「ちりとてちん」に影響されて買ったDVD
・愛宕山/矢橋船(桂米朝)
・崇徳院/貧乏花見(桂米朝)
・風の神送り/どうらんの幸助(桂米朝)
・地獄八景亡者戯(桂米朝)
・天狗裁き/はてなの茶碗(桂米朝)
・饅頭こわい/替り目(桂枝雀)
・崇徳院/道具屋(桂枝雀)
・どうらんの幸助/兵庫船(桂枝雀)
・地獄八景亡者戯(桂枝雀)
・はてなの茶碗/始末の極意(桂枝雀)
・ちりとてちん/くっしゃみ講釈(桂吉弥)
・平成紅梅亭特選落語会

2.福井弁もどきで喋るようになった。「ほうけぇ?」「ほうこぅ?」「ほやさけぇ…」「どねしよ〜」等、家でも職場でも連発。方言って和んでよいわぁ。小浜に行ってみたくなった。

3.道を歩いているときに、いつの間にか、五木ひろしの「ふるさと」を口ずさんでいる自分に気づき、愕然とした。五木ひろしの歌、初めて歌ったかも知れない(笑)。

posted by Minnesingerin at 21:21| Comment(10) | 落語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月26日

映画「レンブラントの夜警」

[脚本・監督] ピーター・グリーナウェイ
[出演] マーティン・フリーマン,エミリー・ホームズ,エヴァ・バーシッスル等

総じて芸術や芸能には興味がある私だが、このブログの記事に「美術作品」というカテゴリーがないのでおわかりのように、絵画、彫刻、版画、陶芸、建築などの造形芸術にはとんと疎い。長時間立っていると脚が痛くなってしまうので、人でごった返している日本の美術館にはそれほど行かないし、画集もそれほど持っていない。
それでも、海外に旅行したときには、パリのルーヴル美術館やオルセー美術館、ウィーンの美術史美術館、ロンドンのナショナル・ギャラリー、ニューヨークのMoMA等で、まる一日絵画を鑑賞するくらいの興味は持っている。いずれ一度は、エルミタージュ美術館には行ってみたいとも思っている。

そんな私が「好きな画家は誰?」と尋ねられると、「レンブラント」と答える。
それは、非常に有名な作曲家の代表曲を2、3曲CDで聴いたことがある程度の興味を持っている人が、「好きな作曲家は誰?」と尋ねられたとき「バッハが好き」と答えるのに似ているかも知れない。

なぜ「レンブラントが好き」と思っているかと言うと、聖書の題材を扱っている絵画の登場人物の表情が全然宗教臭くなくて、様々なことで悩んだり悲しんだり喜んだりしている市井の、身近な生き生きとした人間として迫ってくる…と感じるからだ。
たとえば、神がアブラハムの信仰を試そうとして、「息子のイサクを神に犠牲として捧げよ」と命じたという旧約聖書の話があるが、アブラハムがイサクに剣をふりおろそうとする正にその時、神の使いの天使が現われて剣をふりあげたアブラハムの手を止める…という絵がレンブラントにある。手を止められた瞬間、振り返って天使を見上げるアブラハムの表情が素晴らしい。
また、ウィーンのアルベルティーナ美術館で見た素描も素晴らしかった。すご〜く小さい素描で目を近づけないと見えないくらいなのだが、キリストを取り囲む多くの人々の表情が、それぞれ全部違っていて、本当に生きている。時間も忘れて見入ってしまったのを覚えている。

そのレンブラントが、代表作「夜警」を描いたときから手にしていた名声と財産を失い没落していく…それは何故か、その謎に迫る映画「レンブラントの夜警」が上映されるという。それで観に行ってきた。
結論から言えば、映画「レンブラントの夜警」は、あまり面白くなかった。その理由は、登場人物の人となりが立ち上がってこない…と言うに尽きる。映画や芝居やドラマが面白いかどうかは、登場人物の人となりが描き切れているかどうかにかかっていると思う。
人物が説得力をもって描かれていなければ、設定や着眼点が新鮮でも、ストーリーにオリジナリティや謎があっても、どんなに映像が美しくても、どんなに役者が上手くても、面白いとは(私の場合)思えない。だから脚本が大事なのだ。

この映画の場合、後に傑作として残る名作「夜警」をレンブラントに依頼するたくさんの人物が登場し、それらの登場人物がある陰謀に関わっていることにレンブラントが気づき、「夜警」を描くことによってそれを告発する…というストーリーになっている。つまり、陰謀に関わった数多くの胡散臭い人物が登場するのだが、それらの人物が観衆の記憶に克明に残るように描かれていないから、映画が大分進展した頃になっても、「それ、誰だっけ?」という感じになってしまった。
「私の頭のめぐりが悪くてそうだったのかな?」とも思ったが、一緒に観に行った友だちも全く同じ感想だったので、やはり脚本がよくないのだと思う。

画家の生活を題材にした映画と言えば、以前、フェルメールが登場する「真珠の耳飾りの少女」という映画を観たことがある。あれは完全なフィクションだったが、名作「真珠の耳飾りの少女」が生まれた背景にこのようなエピソードがあったとしてもおかしくないと思わせてくれる説得力があった。それは、主人公の少女、フェルメール、フェルメールの妻等の人物が、説得力をもって描かれていたからだと思う。

それに較べて、「レンブラントの夜警」は、退屈で散漫な作品だと思った。
人物を描くことにかけて、他の比肩を許さないレンブラントを題材にした映画なのに、人物が描けていないとは皮肉なことである。
posted by Minnesingerin at 23:59| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月14日

胴乱の幸助

出ましたっ! 胴乱の幸助!
NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」の今週のテーマとなっている落語は「胴乱の幸助」。
喧嘩の仲裁が趣味で、犬の喧嘩まで仲裁する「胴乱の幸助」は、大好きな噺だ。
「ちりとてちん」の登場人物に幸助という名の焼鯖定食屋のおじさんがいて、喧嘩の仲裁をする場面が頻出するところから、今か今かと「胴乱の幸助」の登場を待っていた。

かなり前、初めてライヴで桂文珍の「胴乱の幸助」を見たときには、笑い過ぎてお腹がよじれそうになった。その後、桂枝雀師匠の「どうらんの幸助」のDVDも購入。
喧嘩の仲裁好きな幸助が、浄瑠璃のなかの喧嘩まで仲裁するために大阪から京都まで足を運ぶストーリーだが、ここで語られる浄瑠璃は、通称「お半長右衛門」―「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」だ。
落語のなかで文楽も味わえるという、おいしいネタ。
posted by Minnesingerin at 13:51| Comment(2) | 落語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月08日

「マゼ」の「プラズリン」

マゼのプラズリンケース.jpg
今日職場に、いつも調べもの等のときにお世話になっている大学の先生がいらして、手のひらに乗るくらいのサイズの小さなきれいな丸いケースに入ったものをくださった。



家に帰ってケースを開けてみると、中身はアーモンドにカラメルがけしたお菓子だった。香ばしくてすごく美味しい。17世紀から続いているレシピだそうだ。ケースには7粒くらい入っていたかなぁ? あまりに美味しかったので一人でアっという間に食べてしまった。どこで買えるのだろう?マゼのプラズリン.jpg
posted by Minnesingerin at 21:22| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

初夢


今日は初出勤の日だった。
朝、顔を合わせて挨拶をしたら、いきなり同僚が、
「お正月早々、寝覚めの悪い夢を見ちゃって…」とげんなりした顔で言った。
以下、今日の職場での会話。

同僚A子「若い子が1階の受付でお客さんの対応をしていて滅茶苦茶になっちゃってぇ、B子さんとMinnesingerinさんに報告しなくちゃって焦っているんだけど、B子さんは2階の受付をやっていて忙しくて、Minさんはいなくて…」
同僚B子「ええ〜〜。何かすごいリアルな夢。やだなぁ」
私「私も仕事の夢、見たよ。私が異動になっちゃって…」
同僚B子「ええ〜〜。ますますリアル。正夢だったらどうしよ〜〜」
私「異動した課に行ったら、事務机がなくて、小さな丸テーブルが3つあるだけ。そんな窮屈なところに6、7人座らされて『ここで仕事をしてください』って言われるの」
同僚A子「ここの劣悪環境からすれば、そういうシチュエーション、なきにしもあらずですよね。やだなぁ」
私「そのうえに、上司が『もう一人男性がこの課にきます。この方です』って言うの。『ええっ!これ以上人数が増えるの?』って驚いて入って来た男性を見たら、それがペライアなの!」
同僚A子「!」
同僚B子「!」

同僚A子さんとB子さんの結論としては、「Minさんって基本的には楽天家なんですね」ですって。
楽天家と言うよりも、NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」に嵌り過ぎのせいのような気もするが…。憧れの五木ひろしがいきなり目の前に現われる場面に毒されたのかも?だいたい、同僚『A子』『B子』と書くところからして「ちりとてちん」に嵌り過ぎ!

この夢の続きで、私は同僚となったペライア様に、「あのぅ、ペライアさんとお呼びしてよろしいのでしょうか?」と日本語で尋ねていて、ペライア様はニコニコしながら私と握手してくれたから、よい初夢だった(笑)
posted by Minnesingerin at 18:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月06日

初笑い

ここのところ、落語や寄席のことしか書いていないような気がするが、今日は上野鈴本演芸場の初席に行ってきた。
出演者は、圓蔵、正蔵、木久扇、馬風など多数。松づくし、曲芸、奇術、百面相、南京玉簾などもあり、お正月らしい楽しい出し物が盛りだくさんだった。
なかでも、ひときわ興味を引いたのは、カンジヤマ・マイムによるパントマイムだ。寄席でパントマイムを見たのは初めてだったためか、その「目くらまし」の芸に目を奪われてしまった。
「笑う門には福来る」というから、今年はたくさん笑って、よい年にしたい。
posted by Minnesingerin at 21:40| Comment(2) | 落語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

今年を振り返って


今年は、手術をして仕事を3ヶ月も休んだせいか、いつもにも増して1年が過ぎるのが速かった。公私ともにたいしたことはできなかったが、まぁ、手術とリハビリという大仕事があったから、しかたがないか。

しかし今年は、手術はしかたがなかったとしても、貧乏くじのような面倒な仕事を押し付けられたり、危うく詐欺まがいに引っかかりそうになったり(私の全くあずかり知らぬところで勝手にコンサートのプログラムに名前を載せられた上にお金を払えと言ってきた)、踏んだり蹴ったりの1年だった。世の中には、馬鹿正直な人間に付け入ってくる人がいるようだから気をつけなければ…。

来年は、よい年になりますように!
posted by Minnesingerin at 23:59| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

にっかん飛切落語会年忘れすぺしゃる第2夜


瀧川鯉昇(しろうと鰻)
林家たい平(七段目)
三遊亭楽太郎(ずっこけ)
三遊亭圓楽(思い出話)
三遊亭鳳楽(しりもち)
立川志の輔(井戸の茶碗)

イイノホールでの「にっかん飛切落語会」は、このスペシャルをもって本当に終わり。
豪華演者が揃った全3夜の年末スペシャルのうち、第2夜のチケットをいただいた。

鯉昇は好きだなぁ。あの、とぼけた語り口が堪らない。
楽太郎は上手いのだけれど、今ひとつ好きになれない噺家だ。何故かな?この人の演じる酔っぱらいはリアル過ぎて、本当に絡まれているようなウザい気分になってしまう。
圓楽は、洋服を着て椅子に座ったまま、「にっかん飛切落語会」の思い出話をした。
鳳楽の「しりもち」も面白かった。大晦日にあんなことをやっている夫婦って、何ともはや、仲のいいことで…。
「井戸の茶碗」は大好きな噺だ。馬鹿正直な3人が繰り広げるおかしさは心温まる。以前に歌丸の「井戸の茶碗」を聞いたときも凄くよかったが、志の輔の「井戸の茶碗」はまた全然違っていて爆笑ものだった。

posted by Minnesingerin at 23:58| Comment(0) | 落語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月15日

愛宕山 / 桂米朝



NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」は、ドラマ進行にしたがって、その週の物語の鍵となる落語が紹介される。本当はそれに合わせてタイムリーなネタになっている落語について書いていきたかったのだが、忙しくて更新をさぼっている間に、ドラマはかなり進んでしまった。

NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」の主人公喜代美が、子どもの頃に聞いて魅せられた落語は「愛宕山」である。
「愛宕山」は、このドラマに散りばめられている多くの落語のなかでも特に重要な作品になっていて、主人公が落語の世界に飛び込むまでの話には、繰り返し「愛宕山」の場面が出てきた。

ところで、私の父は大の落語好きだったので、若い頃、ラジオ放送からせっせとカセット・テープに落語を録音していた。その数およそ400本。しかもそのテープの収録作品を、演目別、演者別に並べた手書きの索引まで作ってある。Excelどころかパソコンすらない時代のことだから、父の落語好きが半端なものではなかったことがわかる。
そのカセット・テープはもう音が劣化してしまったが、それでも今はまだ、何とか聞くことはできる。そして父の手作りの索引のお蔭で、聞きたい演目や噺家がどのテープに収録されているか一目でわかるので、たいていのものなら即座に聞くことができる。

しかし父の遺したコレクションは、江戸落語がほとんどである。父があまり上方落語に興味がなかったのか、それとも上方落語のラジオ放送が少なかったのか、コレクションの大半は江戸落語である。
連続テレビ小説「ちりとてちん」で繰り返し演じられる「愛宕山」も、父の遺したコレクションにあったのは古今亭志ん朝師匠のもの。志ん朝師匠の「愛宕山」もムチャクチャ面白いが、ドラマ「ちりとてちん」で演じられる「愛宕山」とは全然違う。だいたい、「愛宕山」を登るときの歌が全然違うのだ。

そこで、私のもう一人の落語の師匠、いえ、違った、落語好きなピアノの師匠におねだりして、桂米朝師匠の「愛宕山」を聞かせていただいた。
ドラマのクライマックスで繰り返し語られた「その道中の陽気なこと〜〜」。ははぁ、ここで下座音楽が入るのだな…と米朝師匠を聞いて初めて知った。「愛宕山」を登るときの歌も、ドラマと同じ「愛宕山坂〜エエ坂〜二十五丁目の茶屋のかか〜」が聞けて、やっと満足した。
NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」を見て、これまで馴染みが薄かった上方落語に、俄然興味が湧いてきた。
posted by Minnesingerin at 21:53| Comment(2) | 落語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする